【外部筆者】澤田真一

作家にしろライターにしろジャーナリストにしろ、その仕事の大部分は「歩く」ことと「触れる」ことだと思う。
「書く」ことなど、全体の仕事量の1割ほどでしかないというのが筆者の持論である。
とりわけ「触れる」ことは極めて重要だ。

AIが進化したら、物書きの仕事はオートメーション化されてしまうのかという議論がある。
それは書くものにもよるだろう。つまり、プレスリリースのような固定化された情報を盛り込むだけの記事ならばAIでもできるはずだ。

しかし、より報酬単価の高い記事は製品の「感触」にも言及している。カタログスペックでは表現できない部分を、我々は持てる文章技能を駆使してどうにか読者に伝えなければならない。
Bradleyは、そのことを改めて筆者に教えてくれた「恩人」のような製品だ。
2年前、とあるイベントでEoneがブースを出していた。文字盤には針がなく、代わりにふたつのボールが時刻を示す不思議な腕時計。
指で触れることを前提にした設計だということは言うまでもないが、実際に手に取ってみると独特の重みがこちらに伝わる。
重量がある、という意味ではない。寸分のウェイトバランスにまで気を配ったことが窺える、心地の良い重みだ。金属の重厚さを発揮しつつも、無骨さは全くない。
そして何より、文字盤のデザインが感性をくすぐる。「地動説の父」ニコラウス・コペルニクスが描いた惑星軌道図にも似た、球と円の組み合わせ。
力学に基づいた機能美を突き詰めると、自ずとこのようなデザインになっていくのだろう。
だが一方で、シンプル故の価値と合理性、そして機能性は己の指で触れてみなければ分からない。

風に触れ、香りに触れ、情熱に触れ、幾多の出会いに触れる。これが作家の仕事の大部分と言ってもいい。
我々人間は、あらゆるものに「触れる」ことができる。記憶にすら留め置かないような、一期一会の時間さえも。
まずは、Bradleyに触れてみることをここでお勧めする。
「触れて感じる」ことは、人間のみに許された特権のようなものなのだから。

澤田真一(さわだ・まさかず)
ノンフィクション作家、ジャーナリスト。大手ガジェットメディア、経済メディアで記事を配信する。G8、G20等の国際会議での取材も経験。